
大阪の新しい名産品として注目される「天満切子」。江戸後期、大阪の天満は日本一のガラス製造地でした。戦後さまざまな理由で衰退しましたが、ガラスの匠の手によって「天満切子」が誕生し、復活の狼煙をあげたのです。大阪の工芸界に新たなきらめきをもたらす「天満切子工房 昌榮 (しょうえい)」の西川昌美さんを訪ねました。
江戸時代からの伝統を受け継ぎ、平成に花開いた天満切子
ガラスの表面に模様を彫り込んだ「切子 (きりこ)」。多くはお酒や冷えた飲み物を注ぐグラスとして使われます。切子といえば江戸や薩摩がよく知られていますが、実は大阪にも「天満切子」と呼ばれるガラス工芸があります。
意外にも、大阪に住む人でもまだ「知らない」という人が多いのです。それもそのはず、天満切子と命名されたのは2000年代になってから。
大阪とガラスの関係は江戸時代までさかのぼります。長崎のガラス商が大阪天満宮のそばに開業し、職人たちが天満周辺に続々と集結。日本一のガラス製造地となりました。大阪天満宮の正門西側には「大阪ガラス発祥之地」の碑が建立されています。
しかし第二次世界大戦後、輸入グラスの普及や後継者難などを理由に廃業する工房が増え、天満のガラス工芸は衰退しました。このままでは歴史あるガラス産業が滅びてしまうという危機感から生み出されたのが天満切子だったのです。
その想いを受け継ぐように、2017年、大阪ガラス発祥之地の碑から徒歩10分ほどの場所に、天満切子の遺伝子を受け継いだ「天満切子工房 昌榮」が誕生しました。

“手磨き”で丸みを帯びたフォルムの天満切子
この工房をけん引するのが、「昌榮」創業者であり職人でもある西川昌美さん。
「光の反射を巧みに計算した、実用性のある芸術グラスなんです」(西川さん)


「一般的な切子はV字カットしてシャープさを際立たせます。かたや天満切子はカマボコのようにU字型に削り、“手磨き”と呼ばれるつや出しをするのが特徴。磨くことで柔らかな表情が生み出されるのです」(西川さん)
確かに天満切子は江戸切子や薩摩切子のようにカットが切り立ってはいません。角が取れてほのぼのしたまろやかさがあり、手になじみます。

そんな西川さん、以前は電化製品の基板設計士だったという異色の経歴の持ち主。天満切子の創始者である名匠・宇良武一氏が「このままでは天満からガラス工芸がなくなる」と痛切に訴える記事を新聞で読みました。
「そんな貴重な工芸が天満にあるなんて知らなくて。興味を持って宇良先生の切子教室へ通い、その後、弟子入りしたんです」(西川さん)
師匠から教えられた極意とは。
「とにかく丁寧に磨きなさいと。磨きをおろそかにしては売り物にはならないよと厳しく教わりました」(西川さん)

海外の方も体験にやってくるワークショップ
西川さんはワークショップを開き、天満切子の浸透に努めています。
「体験教室の参加者は全国からお見えになります。海外の方もお越しになりますよ。『日本文化に触れられて楽しかった』『知人にプレゼントしたら喜んでもらえた』など感想もたくさんいただきます」(西川さん)
参加者の削った作品に磨き仕上げを行い、後日発送となるのだそうです。「自分で仕上げたい」という人のために別途磨き体験の予約も受け付けています。
手磨きの様子を見せていただきました。局面を見つめる目は真剣そのもの。

「磨き砂を泥にして、コルクの円盤で磨きます。ムラなく磨くのは至難の業で、凝った作品になると1日に一つしかできないんです」(西川さん)

伝統あるガラス工芸を今に受け継ぐ天満切子。西川さんは、さらに未来について考えていました。
「新しいデザインや技法を取り入れてゆきたい。そして世界に知られるものにしてゆきたいですね」(西川さん)
「手磨きこそが命」の天満切子。
西川さんは今日も、ガラスと向き合いながら、新たな文化を静かに磨き続けています。
まだ知られていない大阪の文化に、触れてみませんか。

記事の内容は掲載日 (2026年2月) 時点の情報です。

INFORMATION
天満切子工房 昌榮
大阪市北区西天満5−14−7 和光ビル103
月〜土 10:00 am - 6:00 pm
日祝定休



